平穏な日々の中、突然の救急隊員からの電話。
夫が仕事中に脳梗塞を発症しました。
病院に運ばれてすぐの時は会話もできたのに、一夜明けたら顔も変わり、反応も薄く、どこを見ているかわからない。声を出すことも話すこともできない。たった一日で二度の脳梗塞を発症し、医師から伝えられた診断は「失語症」でした。
夫が失語症になり、日常は一変しました。
伝えたいことがあるのに言葉にできないもどかしさ、話しかけても理解も反応も薄い歯がゆさ、声が出ない、言葉が出ない。そのすべてが想像以上に辛いものでした。
このブログでは失語症とは何かという基本から、失語症タイプの違い、失語症の回復を家族として見守ってきた記録、そして失語症リハビリとの向き合い方について実体験をもとに綴っています。
同じような不安の中にいる方へ。
完璧な答えはありませんが、「一人じゃない」と感じてもらえたら嬉しいです。
失語症とは?家族が知っておきたい「言葉の通路」の話
「失語症」と聞いたとき、正直私は「話せなくなる病気」だと思っていました。
でも、実際に向き合ってみてわかったのは失語症は話す力だけの問題ではないということです。
失語症とは、脳の損傷によって「話す」「聞いて理解する」「読む」「書く」言葉を使う力そのものがうまく働かなくなる状態を指します。
大切なのは、考える力や感情が失われるわけではないという点です。
本人の中には、伝えたい気持ちも考えも、しっかり残っています。
ただそれを言葉として外に出す通路がうまく使えなくなっている状態なのです。
失語症を知ることは「出来ないこと」に目を向けるためではなく、「何が起きているのか」を正しく理解するために必要なことだと今は感じています。
家族が最初に戸惑いやすい失語症の症状と対応
失語症タイプの違いとは?

失語症には、いくつかのタイプがあります。
脳の言語中枢(ブローカ野・ウェルニッケ野など)の損傷により症状の出方は人それぞれで、同じ失語症でも状態は大きく異なります。代表的な3つのパターンを説明します。どのタイプでも回復は見られます。
運動性失語の特徴(ブローカ失語)運動性失語とは、言いたいことは頭の中にあるのに言葉が出てこないタイプです。
- 単語が途切れ途切れになる
- 声が出にくい
- 伝えようとしても詰まってしまう
聞いて理解する力は比較的保たれていることが多く、その分本人の苦しさが強く伝わってきます。
感覚性失語の特徴(ウェルニッケ失語)感覚性失語は、話すことはできても、内容がかみ合わないタイプです。
- 流暢に話すが意味が通じにくい
- 相手の話を理解するのが難しい
- 間違いに本人が気づきにくい
家族側が混乱しやすいのがこのタイプです。
全失語の特徴全失語は、話す、聞く、読む、書くといった言語機能全体に大きな影響が出ている状態です。
コミュニケーション自体が難しくなる為、家族の負担も大きくなりがちですが、それでも感情や意志が失われるわけではありません。
伝導失語とは?家族として感じた特徴
上記の3つのパターンに加えて、伝導失語もあります。
私の夫はほぼ全タイプに当てはまりますが、今はこの伝導失語が一番強く出ていると思います。
伝導失語は、聞いて理解する力は比較的保たれているのにうまく話せないという特徴を持つ失語症のタイプです。
一見すると「分かっているなら話せるのでは?」と感じてしまうこともあります。
でも実際は、言葉を正しくつなぐ部分に障害が起きています。
伝導失語で特に目立つのが、言い間違いに本人が気づくという点です。

- 言おうとしている言葉と違う言葉が出てしまう
- 何度も言い直そうとする
- 途中で言葉を諦めてしまうこともある
家族から見ると「もう少しで言えそうなのに」と感じる場面が多く、もどかしさを覚えます。
一方で、相手の話を理解する力は比較的保たれているため、表情や態度から「わかっていること」が伝わってくるのも伝導失語の特徴だと感じました。
そして、理解力があるからこそ、ジェスチャーや絵札、表情でのコミュニケーションが成立しやすいタイプでもあります。
だからこそ、本人の辛さが伝わりやすい失語症でもあるのです。
我が家では、伝導失語と向き合う中で、正しく言わせることよりも、すべてを前向きに笑いに変え、伝えようとする過程を大切にするようになりました。
連想ゲームのように問いかけ、耳を傾けながら楽しく伝えたいことを引き出し、一緒に理解していく。
そんなかかわり方こそが、大切なのだと学びました。
失語症は治る?「発症後6ヶ月が勝負」のウソと、1年後の回復例
失語症は“完全に元通り”だけが回復ではありません。
失語症の回復について調べていると、「回復期は6か月まで」「この時期を過ぎると難しい」そんな一般的な説明を目にすることが多くあります。
けれど、家族として向き合ってきた実感はそうした例には当てはまりませんでした。
確かに、急激な変化はありません。
劇的に言葉が戻ることもありませんでした。
それでも、止まっていると感じた時期にも何も起きていなかったわけではなかったと、今は思います。

ある日突然、できなかったことが少しできるようになる。
それはほんの一瞬だったり、次の日にはまたできなくなったりもします。
それでも、「もう回復しない」という状態ではありませんでした。
失語症の回復はわかりやすい形で進むものではないのだと思います。
言葉はなく、表情や反応、考える時間の短さ、伝えようとする意欲。
そうしたところに、少しずつ変化が現れてきました。
だからこそ、「一般的な回復の目安」に当てはまらないからといって、希望を手放す必要はないのだと感じています。
諦めなければ、たとえゆっくりでも、たとえわかりにくくても回復は続いていく。
それは、期待を押し付けることでも、無理に前向きになることでもありません。
ただ「もう変わらない」と決めつけないこと。
それだけで見える景色は変わりました。
このブログでは失語症の回復を「結果」で語るのではなく、続いていく過程として記録していきたいと思っています。
家族ができる失語症リハビリ|「正しさ」より大切な接し方のコツ

失語症リハビリと聞くと、発音練習やカード、ドリルなどを思い浮かべる方も多いと思います。
もちろん、専門的なリハビリはとても大切です。
言語聴覚士の先生によるリハビリは、回復の土台を支えてくれています。
けれど、家族として日々向き合う中で感じたのは、リハビリは訓練の中だけで解決するものではないということでした。
失語症になると「どうせ言っても伝わらない」「また間違えるかもしれない」そんな気持ちが積み重なってきます。
その結果、話そうとすること自体を諦めてしまう瞬間がありました。
だから、私たち家族が意識したのは、「正しく話せるか」ではなく「伝えようとしていい空気」を作ることです。
言葉が出てこなくても、途中で止まってしまっても、沈黙の時間が長くなっても、急かさず、否定せず待つ。
時には、「はい、頑張って!とりあえず言ってみよう!」と沈黙を笑いに変え、間違えてもいいんだよという空気を意識的に作りました。
それだけで、再び言葉を探そうとする姿勢が戻ってくることがありました。
我が家では、会話を「正解・不正解」で終わらせないよう心掛けました。
伝導失語の特性もあり、言い直そうとして何度も詰まることがあります。
そんな時は、連想ゲームのように問いかけたり、表情やしぐさをヒントにしながら一緒に意味を探していきます。
それは、訓練というより共同作業に近い感覚でした。
失語症リハビリは「言葉を取り戻すこと」だけが目的ではないと思います。
もう一度、伝えようとしていいと思えること。
そして、失敗しても大丈夫だと感じれること。
その土台があってこそ、リハビリの効果も、回復の芽もゆっくり育っていくのだと感じています。
諦めなければ、今日できなかったことが、明日もできないとは限りません。
失語症リハビリは、成果を急ぐものではなく、信じ続ける時間でもある。
家族としてそう思えるようになったこと自体が、私たちにとって大きな変化でした。
脳梗塞発症から1年、できるようになったこと

医師から「家族との会話が一番のリハビリです。」といわれ、希望をもって退院の日を迎えました。
当日は、本人も家族も本当に笑顔で、全員が希望をもっていました。ですが、次の日には現実を突きつけられてしまいました。
仕事から急いで帰ると、そこには真っ暗な部屋の畳の上に仰向けに寝転び、天井を見上げている夫がいました。
その姿は本当に異様で、3か月の入院期間、テレビを見ることもなくずっとベッドの上で寝ていたそのままの姿でした。
反応も薄い、声も小さい、言葉が出ないから話せない、間違えた言葉すらでてこない、話そうとしても喉からあー、うー、と絞り出す音しか出ない。
そんな状態から1年で、ものすごく回復してくれました。
意欲的に会話をする、自分の言い間違いに気づける、言葉は間違えているけれど、ニュアンスはあっているから会話が成り立つ、そして何よりもたくさん笑ってくれるようになりました。
間違えず話せる瞬間も増えてきました。それができたときは話した瞬間に、本人も「言えた!」と驚いています。
一般的には「発症から半年が勝負」「それ以降は緩やかに」など言われますが、私の実体験では「違う」と言えます。
夫が意欲的に行動し、たくさん笑いだし、自分は本当に治るのかと自分のことを客観的に見ることが出来るようになったのは半年以降です。
まだまだ出来ないことはたくさんあります。
字を書くこと、読むこと、読んでそれを理解する力はまだ病気前と比べると30パーセントほどしか回復していません。でも、1年前は読むことも書くこともできなかったことが、今は時間はかかりますが50音の表を見ずに書けるようになりました。
1年目の診察で医師より、「いい意味でも悪い意味でも、一番周りにわかってもらえない失語症になりましたね。この一年の頑張りが伝わってきます。」と言っていただけました。
社会復帰には、まだ少し時間がかかりそうですが、これからも諦めず前に進んでいこうと思っています。
最後に
失語症と向き合う家族として伝えたいこと
失語症の回復には、「この方法をすれば必ず良くなる」という答えはありません。
同じ失語症でも症状も回復のスピードもおかれている環境も人それぞれ違います。
だからこそ、ネットにある一般的な回復例がそのまま当てはまらず、不安や焦りを感じてしまうこともあると思います。
私たち家族も、「前よりできていない気がする」「このかかわり方で合っているのだろうか」そう悩みながら、失語症と向き合ってきました。
それでも、はっきり言えるのは諦めなければ止まったままではないということです。
すぐに目に見える変化がなくても、言葉が増えなくても、伝えようとする気持ちが残っている限り、回復の芽は消えていないと感じています。
失語症の回復は、「ゴール」ではなく「続いていく時間」だと思っています。
昨日できなかったことが、今日はできた。
昨日できたことが、今日はできなかった。その繰り返しで今があります。
失語症の回復に右肩上がりはありません。
もし今、真っ暗な気持ちの中にいる方がいたら。
一年前、畳の上で無表情で天井を見つめていた夫も、
今は、表情豊かにたくさん笑っています。
失語症は、時間はかかっても変化が続く病気です。
回復例は1つではありません。
小さな回復の積み重ねが、その人だけの回復例になります。
「失語症は治るのか」と不安の中にいる方に、家族としてみてきた夫の姿が、少しでも希望になりますように。

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