中学から高校へ、スポーツ進学という選択の前で
中学3年生の春休み。
この頃から、スポーツを続けてきた家庭の空気は、少し変わり始めます。
「どこかの高校から声はかかるだろうか」
「このままで大丈夫だろうか」
進路の話題が増え、試合の見方も変わっていく。
一つひとつの大会が、見られる場になる。
気がつけば、
「うちの子はどうだろう」
そんな目で試合を見ている自分がいる。
本来なら、
16歳で親元を離れて寮に入るなんて、大きな決断のはずなのに。
いつの間にかそれは、
当たり前の“選択肢”になっていました。
「あの子は声がかかった」焦りと比較に飲み込まれた最後の夏
泥だらけで白球を追う息子。
それを見ているだけで、十分だったはずのグラウンド。
ふと視線を移すと、監督の横で見慣れないスーツ姿の男性と、ある保護者が話し込んでいました。
「何かあったのかな」
軽い気持ちでそう漏らした私に、隣にいた保護者が告げたのは、思いもよらない一言でした。
「あの子、高校から声がかかったみたいだよ」
その一言で、
ただのグラウンドが“選別される場所”に変わりました。
「〇〇くんは強豪校に決まったらしい」
「うちの子は、見られているのだろうか」
信じたい気持ちの横で、
周りと比べる自分がいる。
いつのまにか、保護者の応援席からも、かつての温かさが消えていました。
我が子以外のミスにも、誰もが厳しい視線を向けています。
まるで「うちの子の邪魔をしないで」と言わんばかりの、刺々しい態度を見せる人まで現れる始末。
そして私は、
応援席にいながら、審査員のような目で試合を見ていました。
「頑張って」が、重くなっていった
「今日のあの場面、もっと動けたんじゃない?」
「監督、見てたよ」
応援のつもりだった言葉は、
いつしか評価に変わっていきました。
食卓も、車の中も、
会話は“進路の話”ばかり。
そんなある日、息子がぽつりとこぼしました。
「なかなか決まらなくてごめんね」
少し間を置いて続けました。
「自分でもわからないんだ。憧れる高校に行きたいのか、
それともレギュラー争いができる高校がいいのか」
そして、最後にこう言いました。
「でも今は、目の前の試合を必死にやりたいんだよ」
その言葉に、何も返せませんでした。
私は、子どもの「未来」ばかりを見て、彼が今この瞬間に流している「汗」や、仲間と共有している「熱量」を、見落としていたのです。
並ぶべき場所を間違えていた

中学最後の大会。結果は、逆転負け。
帰りのバスの中、重たい空気のまま、私は言葉を失っていました。
ふと見ると、
息子はノートを開いていました。
悔し涙を流しながら、
今日の反省を書いている。
この子はもう、
自分の足で立っている。
未来を不安に思っていたのは、私だけでした。
親の役目は、
前を歩くことじゃない。
転んだときに隣にいて、
もう一度立ち上がるのを待つこと。
その位置を、私はようやく理解しました。
「君の姿勢に惚れた」と言ってくれた人
いくつかの高校から声はかかりました。
でも息子の心は、どこか決まらないままでした。
そんな中、ある強豪校の指導者が言いました。
「君の野球への向き合い方がいい。
一緒に野球がしたい。」
さらにこう続きました。
「今の実力では、うちの高校ではまだまだ実力不足。レギュラーは約束できない。でも、君の野球への姿勢、根性、ひたむきな思い、その結果を見届けたい。監督は君と一緒に野球がしたい。だからうちにおいで。」
その言葉で、息子は迷いをやめました。
「僕もあの監督と野球がしたい」
この高校に行きたい。ではなく、あの監督と野球がしたい。
この気持ちが息子の答えでした。
「ベンチでもいい」の現実と、その先にあったもの
ベンチでもいいと思っていたはずなのに、
現実は、そんなに簡単ではありませんでした。
メンバーに入れない悔しさ。
試合に出たい気持ち。
どうしても拭えない、もどかしさ。
それでも息子は、そこに残りました。
「ここでやりたい」と自分で決めたからです。
強豪校に行くことが正解なのではなく、
どこで、どうありたいかを自分で選ぶこと。
その覚悟のほうが、ずっと重いのだと、
私はそばで見て知りました。
進学後、息子は自分の代でレギュラーになりました。
けれど、振り返ると、それまでの時間は決してきれいなものではありませんでした。
もう二度と見たくないと思うほど、苦しい日々の連続でした。
引退後、息子は「もう高校野球はやりたくない」と言いました。
それでも少し間をおいて、こう続けました。
「でも、最高の時間だった」と。
つらさも、悔しさも、すべて含めて、
あの時間は自分の宝物だと。
最後に
今、進路の話題で家の中が少しピリついているお父さん、お母さんへ。
どうか、周囲の噂や焦りに飲み込まれそうな時は、目の前でひたむきに競技に向き合うお子さんの「今の顔」を、しっかり見てあげてください。
未来は、親が決めるものではなく、子どもたちが自分の足で一歩ずつつくっていくもの。
私たちはその歩幅に合わせて、静かに、でも確かに並走していけばいいのだと思います。
中学で一度もレギュラーになれなかった子がキャプテンになることもあれば、
推薦で進んだ先で出場機会に恵まれないこともある。
強豪校かどうかは、きっと本質ではなくて。
「この高校に来てよかった」
最後にこの言葉が出てくる未来を。
子どもたちと一緒に見つけていってください。
中学の大会も、勝ち進むことだけが進路への近道ではありません。
高校卒業の時、監督に言われました。
「あの逆転負けの最後の姿を見ていなければ、声はかけていなかったと思います」

コメント